サイバートラスト ジャーナル

認証(序章)

2016.09.07
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 日焼けした肩にプール道具を詰めたビニールのカバンの紐が食い込む。夕日がまぶしい。暑いはずなのに水からあがった肌は適度に暖かく、そよ風が心地いい。学校からの帰り道に後ろから声がかかる。わかってるよ。まっすぐ帰るから。友達の母ちゃんは口は悪いが思わず笑顔になってしまう。明日学校で言ってやろ。田舎ではみんな顔見知りだからほとんどの家の玄関は鍵がかかっていない。あぜ道で捕まえたザリガニを入れる何かを借りたくて引き戸を開ける。おばちゃんいる? バケツ貸して。ここの家の子は同じクラスで仲良しだ。スポーツ万能のヒーローよりも勉強ができる方が親たちには評判が良い。夕食の時にきまって引き合いに出てくるその子が実は勉強は嫌いなんだということは秘密だ。

 かつての隣近所との付き合いは、いわば「SNS」であり、井戸端会議は大声の「つぶやき」だった。隣の県のことまではわからないが、学校単位でのコミュニティにはアクセス制限は何もなかった。誰が誰であるかはほとんどみんな知っている。たまに悪いことするヤツもいたが、それもたちまちにみんなに知れ渡ることになった。たぶん、昔は不便だったんだ。だからみんなで協力しなけりゃ生活するのも大変だった。持っていった回覧板はなかなか届かない。家庭に持って帰るプリントを失くすと同級生に頼らなきゃいけない。でも、少しずつ便利になってきた。みんなの協力が無くても生きていける。独りでも困らないということだ。口うるさかった田舎の付き合いからあえて遠ざかってきたけど、また寂しくなったのかインターネットでの近所付き合いがこの頃流行っている。単位は世界だ。隣のマンションの住人のことはわからないが、南米で起きた事件のことは見てきたように知っている。同じクラスの隣の席の子と話をするのと、言葉も通じないひょっとしたら人間ではないかも知れない相手と話をするのが同じ手間でできるようになった。地球は狭くなったが人間の記憶のキャパは増えない。技術が社会を追い抜いてしまったのか。まだ人間の方の進歩が追いつくまでは認証の技術が必要であることは間違いない。いろいろと面倒な手続きや設定が必要だが、もう少しの辛抱だ。きっとおばちゃんに顔を覚えてもらえるようになるだろう。

(続く)

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