サイバートラスト

サイバートラスト ジャーナル

認証(鍵1)

2016年11月28日

 失くさないように首から下げておきなさい。紐をはずしてポケットに入れとくんじゃないよ。すぐ落とすんだから。この前落とした鍵がどろぼうさんに拾われませんように。たとえ拾われてもうちの鍵だとは気付かれませんように。ほら、お前も祈っときな。

 お母さんの願いも空しく、私は誰かに拾われた。ごつごつして汚れた指。辺りを見渡していたかと思うと急に暗くなった。小銭とぶつかって音が鳴る。ポケットか。坊やのポケットよりは広いな。結えてある紐がからまって居心地が悪い。こいつはたぶん気づいただろう。紐の反対側にはご丁寧に学年とクラスと名前が書かれたタグがついていることを。

 学校だ。このあたりにはここしかない。下駄箱の名前を確認していた動きがピタっと止まった。どうやら見つかってしまったようだ。さて、ここからどうやって住所を知るつもりだろう。今や住所録は究極の個人情報データベースなので回覧されることはない。ん?、渡り廊下の端っこに座り込んだようだ。遠くから陸上部のリレーの練習の声が聞こえる。

 どのくらいの時間が経ったのだろう。まわりが騒がしくなってきた。もう部活も終わりだ。部室に戻る道すがら話題はちょっと前に返されたテストの結果だ。アイツ塾にいってるのかな。妙に調子がいいみたいだぞ。それに比べて、もうこれ以上下がったら小遣いが・・・。アイツの家が裕福で、アイツの家に行かなきゃ遊べないゲームがあることも、アイツの家がどのあたりにあるどんな家かも、アイツがつい最近家の鍵を無くしてこっぴどく叱られたこともわかった。ポケットの中の空間が歪んだ。移動するらしい。もう聞きたいことは聞けたのだから当然か。

 慎重だ。もう随分同じ場所に立ち続けている。人通りはまばらだ。少し陽も落ちてきて紛れやすいか。でもこれ以上待っていると家族が帰ってくる時間になりそうだ。動き出した。決して急がず。さりとて普通の靴音でゆっくりと目標へ近づいていく。誰も気づかないのか。もう玄関の前に着いてしまった。ゆっくりと視線をまわりに配る。玄関の灯りが点いていないのはまだ家人が帰っていないからだ。ポケットにあのごつごつした指が入ってきた。

 決して焦らない。ゆっくりと持ち直して鍵穴に進めた。初めまして。君は新人だね。彼はどうしたの。交換されたのかな。彼とは気が合っていたのにさよならも言えずに残念だ。開くはずもないのに何度も申し訳ない。どうやら少し焦り出したらしいね。

 長居は無用と私を放り出して夕闇に消えていった。その時初めて私は気づいた。これは隣の花壇だ。このあたりの建売は郵便屋さん泣かせの統一規格ハウスで坊やもたまに間違える。偶然とはいえお隣さんが同じ苗字で良かったね。

今度は失くさないようにしてくれよ。

(続く)

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